ごまめの旅日記

街道等の歩き旅を中心に旅の記録を紹介します。

室蘭市探訪 1

2026(令和8)年6月22日(月)曇り時々小雨

 

「ひとりふと 旅に⽴ちたし広重の  絵を⾒るごときうつくしきくに」

 私の郷土の大先輩が自身の歌碑に刻んだ歌です。

 広重の絵を見るごとき風景を求めて、また一人旅に立とうと思います。

 今回もJR東日本の「大人の休日倶楽部パス」を使って、北海道を旅行しました。道南の代表的な港町である室蘭市と函館市をじっくりみて回ることにします。

 東北・北海道新幹線で青函トンネルを潜って北海道に渡り、函館北斗駅で特急「北斗」に乗り換えて東室蘭駅に向かいます。あいにくの小雨混じりの天気で、内浦湾の海も暗く沈んでいます。

 

目次

 

1 室蘭市の歴史

 はじめに、室蘭市の歴史を簡単に振り返っておきましょう。

 室蘭市は、北海道南西部に位置し、内浦湾に面した港町です。南に飛び出した絵鞆半島の西側がちょうど鍵の形にえぐられており、天然の良港となっています。そのため、特に明治期以降、交通や産業の拠点として発展してきました。

 室蘭周辺には、古くからアイヌの人々が暮らしていました。海に面した地形を生かし、漁や交易が行われていたと考えられています。マシュー・ペリーも1854年に絵柄湾内に入り、調査を行っています。その後、江戸時代から明治時代にかけて和人の移住が進み、地域の開発が本格化していきました。

 明治時代になると、室蘭は北海道開拓の重要な拠点となりました。北海道開拓使が設けられた札幌に向かうための「札幌本道」の中継地として港の整備が進められ、物資を運ぶための交通の要所として発展しました。また、室蘭本線の開通によって石狩地方とのつながりが強まり、室蘭港は石炭の輸出港として北海道の物流を支える重要な港となりました。

 室蘭市は、製鉄や造船などの重工業も発展し、特に製鉄業が盛んになったことで、「鉄のまち」として知られるようになりました。工場の発展にともない人口も増え、多くの人々が働く工業都市として成長していきました。その中心を担ったのは「日本製鋼所」です。軍部と関係が強く、軍艦をはじめとする兵器の製造を手掛けました。

 「日本製鋼所」は敗戦とともに解散しましたが、戦後再生され、現在も事業を続けています。

 現在の「日本製鋼所」のHP

https://www.jsw.co.jp/ja/

 戦後も室蘭市は北海道を代表する工業都市の一つとして発展を続けました。1970年頃には、人口は18万人に達し、人口密度が道内一だったそうです。しかし、その後は産業構造の変化で人口が減少し、現在の人口は8万2千人ほどです。近年では、工業の歴史を大切にしながら、白鳥大橋や地球岬などの観光資源を生かしたまちづくりも進められているとのことです。

「室蘭」の地名は、もともとの港があった現在の崎守町のアイヌ語の呼称である「モルラン」から変わったものだそうです。現在の室蘭の中心部は、かつてアイヌ語で「トッカリモイ」と呼ばれていました。「アザラシの湾」という意味です。

 気候は冷涼で、意外にも冬の降雪量が多いようです。

 出身著名人には、俳優の安田顕氏、スケート選手から衆議院議員となった堀井学氏等がいます。サッカー元日本代表の城彰二氏は、室蘭生まれですが、その後名古屋を経て鹿児島へと転居しています。

2 東室蘭駅周辺

  午後1時過ぎに東室蘭駅で「北斗」を下車。この先は室蘭駅へ向かわず、東海岸の外浜地区を探索してから室蘭駅方面へ向かいたいと思います。

東室蘭駅に到着した特急「北斗」

 「鳴り砂」で有名な「イタンキ浜」から始めたかったのですが、時間的に苦しいので、その南の「亀岩」から海岸線に沿って「地球岬」「チャラツナイ展望所」と回っていきたいと思います。

 駅の東口から室蘭駅方面行きのバスが出るので、このバスで「御前水」という地区まで行き、そこから東の海岸線に出たいと思います。

 東室蘭駅周辺は、製鉄所の煙突も見られますが、多くは新興住宅地という感じです。現在の市の中心は平地の少ない旧市街より、こちらに移ってきているようです。

 

東室蘭駅東口

 駅のコンビニで昼食を買い、駅のベンチで食べました。そして、13:34発のバスに乗り、御前水というバス停で降りました。

 

3 トッカリショ展望台〜金屏風

 バス停から東に向かい急坂を登って中央東線という道路に出ます。この下には「イタンキ海蝕洞」というのがありますが、ここからは見えません。

 振り返ると半島の西側の白鳥湾に面した製鉄所が見えます。

湾に面した製鉄所

 南へ向かって少し行くと海を見渡せる崖の上に出ます。「亀岩」という巨岩の上のようです。

 さらに南へ行くと「トッカリショ展望台」に至ります。ここから、「トッカリショ浜」に降りていけるようです。「トッカリショ」というのはアイヌ語で「アザラシ岩」という意味だそうです。

 展望台からは北側の三角の岩が飛び出した岬とその向こうには「トトロ岩」が見えます。南を見ると「トッカリショ浜」とその南の「トッカリショ岬」がある小さな半島が見えます。

 

トトロ岩方面

トッカリショ岬

 さらに南へ行くと、絵柄半島の東側に飛び出した岬部分を越える登りとなります。左手は高木がない笹原になっています。

 やがて、「金屏風」と呼ばれる景勝地に至ります。ここは赤褐色を帯びた断崖に太陽が映えるときは金屏風を立て連ねたように見えることから命名されたとのことです。

 海は残念ながら鉛色ですが、水平線を見ると、なんとなく地球が丸いように感じられます。

 北側を見ると「トッカリショ岬」が見えます。南側には赤褐色の断崖が見えます。

 

金屏風の断崖

4 地球岬

 道路この先緩く右カーブして西へ向かいます。まもなく地球岬展望台へ向かう道が別れます。展望台の方へ向かうと広い駐車場があり、その先を登ると地球岬展望台があります。

 「地球岬」は、太平洋が一望でき「水平線が丸く見える」と言われる眺望で有名ですが、名前の由来はアイヌ語の「崖」を意味する「チケプ」が「チキウ」に変わったものだそうです。

 後にも触れますが、室蘭市出身の漫画家・曽根富美子氏の作品「親なるもの断崖」では、「ポロ・チケウ」(親である断崖)と呼ばれ、作品のテーマを担うものとなっています。

 展望台に登って海を見ると水平線が丸く見えるような気がします。晴れていれば太平洋と内浦湾の対岸である森町から恵山までの陸地が見えるはずです。

水平線が丸く見える?

 また、展望台の先には白亜の「チキウ岬灯台」があります。1920(大正9)年に初点灯されたこの灯台は、海面から130mの断崖の上にあり、光達距離44kmと道内屈指を誇っています。

チキウ岬灯台

 地球岬は、室蘭の市街地から至近距離にあるため、初日の出のときなどは大変賑わうそうです。室蘭は住宅地のすぐ近くに断崖絶壁がある街です。小さな子どもを持つ家庭は心配なのではないでしょうか。

 「親なるもの断崖」では、戦前から戦中の室蘭を舞台に、断崖(生死の分かれ目)に生きる人々が描かれています。

 

5 チャラツナイ展望所

 中央東線に戻って西へ向かいます。

 800mほど進むと左手に「チャラツナイ展望所」があります。「チャラツナイ」というのは、アイヌ語の「チャラルセ・ナイ」のことで「滝をなしてサラサラ流れる小川」という意味だそうです。

 西の方の海岸に三角の尖った岩がいくつかあります。その中で一番大きな岩は、アイヌの人たちが「ムカル・イソ」(マサカリ岩)と呼んだ岩で、小舟が出入りできる穴があることから「蓬莱門」と呼ばれるようになったそうです。

蓬莱門方面

 

6 山手町〜舟見町

 先に進むと、やがて住宅地へと入っていきます。

 この辺りは山手町というところで、洋風の洒落た住宅が多く立ち並んでいます。しかし、坂が急なので、冬は移動が大変そうです。

 どんどん下るとやがて平地に出ます。ここからは市街地です。正面に大きな煉瓦色の「室蘭総合病院」の建物があります。

 

室蘭総合病院

 左折して環境科学館の脇に出て、さらに左折して、追直(おいなおし)漁港方面へ行ってみます。この辺りは舟見町です。

 住宅地を抜けると、大きな岩が見えてきます。漁港に着くと大きな岩が左手(東側)にあり、そこから港が始まっています。右手奥にも岩山があり、ポンモイ岬へとつながっているようです。さらに、海側の防波堤が伸びているところにも岩礁があり、「ニラス岩」と呼ばれています。

追直漁港

 

防波堤とニラス岩

 漁港内は、人影がなく、漁船も出航しているのか閑散としています。2024年に卸売場が廃止になったそうです。漁業は依然として室蘭市の主要産業ですが、近年は不漁や漁労者の減少が課題になっているようです。

 

7 本町〜中央町

 環境科学館まで戻ります。この辺りは本町です。残念ながら科学館は本日休館。また、明日来てみたいと思います。さらに北へ行くと、駐車場を隔てて市役所があります。この辺りは幸町です。

環境科学館

室蘭市役所

 その東側に、ずっと歩いてきた中央東線が通っています。道路の向こう側には大きな「スーパーアークス」の建物があります。

スーパーアークス

 その北側に大きな歩道橋がある交差点があります。千歳交差点です。中央東線と東室蘭駅からまっすぐ室蘭駅に向かってくる国道36号線の延長部分が交差するところです。かつては「千歳町」という町があったようです。室蘭市の中心と言えるでしょう。

千歳交差点

 国道36号線は、もとの「札幌本道」ですが、現在の36号線は、この交差点より少し東から室蘭本線の線路を北へ越えて、海岸町へ向かっています。

 元々の札幌本道は、千歳交差点から西へ伸び、大きく右カーブして北へ向かう中央通のようです。ここが室蘭のメインストリートです。

千歳交差点から中央通を望む


8 室蘭駅

 交差点の歩道橋を渡って北へ行くと、右手にパチンコ屋とCoopが入る建物があります。ここにはかつて、機関庫がありました。その北に室蘭駅があります。

現在の室蘭駅

 室蘭駅は室蘭支線の終着駅です。現在の室蘭本線は、長万部駅〜岩見沢駅となっていますが、もともと室蘭本線は、室蘭駅が起点でした。しかし、室蘭駅は、移転を繰り返します。とりあえず室蘭本線と室蘭駅の歴史から紐解きましょう。

 室蘭本線の前身は1892(明治22)年に全線が開通した「北海道炭礦鉄道」の岩見沢駅〜室蘭駅(初代駅)間です。初代の室蘭駅は、現在の輪西(わにし)駅付近にあり、そこに仮桟橋も造られました。 

 その後1906(明治39)年に国有化されますが、その間、室蘭駅は1897(明治30)年に現在の仏坂下に移転し(2代目駅)、駅舎が造られ(初代駅舎)、1903(明治36)年に青森からの定期航路の桟橋があった現在の海岸町(トキカラモイと呼ばれていた)に貨物駅が造られました。そして、1904(明治37)年には、貨物駅の手前に駅舎が移転しました(2代目駅舎)。

 その後、1912(大正元)年に旅客用の駅舎が新築移転されます(3代目駅舎)。この駅舎は、現在、観光案内所として残っています。

 1928(昭和3)年には、室蘭本線と函館本線を接続すべく、長万部駅〜輪西駅(現在の東室蘭駅)間の「長輪線」が開通し、1931(昭和6)年には、長万部〜岩見沢間が室蘭本線となりました。

 戦後、1950年代になると、室蘭港は石炭の積出港として栄え、貨物線が埠頭へ向かってたくさん造られました。1960年には西室蘭駅から貨物支線が造られました。

 しかし、70年代をピークに石炭の積出は衰退し、1985(昭和60)年には貨物支線が廃止。埠頭への貨車での運搬はトラックに代わられていきます。

 1990年以降は、旅客も含めて鉄道輸送が衰退、埠頭への貨物輸送の役割を終え、1997年に室蘭駅が現在地に移転しました。

1955年の室蘭駅周辺 国鉄埠頭から中央埠頭にかけて貨物用線路が多数 
大きくカーブする道路が中央通          (炭鉄港デジタル資料館より)

 

 駅舎は綺麗ですが、閑散としています。無人駅のようです。駅舎に入るとドーム天井を持った広めのホールがあり、ちょっとしたイベントが実施できそうです。

 ホームには、札幌行きの特急「すずらん」が入線していました。室蘭駅始発は、市民にとってはありがたいですね。

 

室蘭駅停車中の特急「すずらん」

 駅の西側は駅前広場になっており、駅前広場バス停やモニュメントがあります。

 

9 海岸町

 この北側は海岸町となります。広場の北側の駐車場やその向こうの「室蘭港の文学館」さらに北側の「室蘭市役所広域センタービル」は、廃線跡に建てられたものでしょう。

 海岸町の東側の入江町は、かつての入江を埋め立てたところで、貨物線がはりめぐらされていました。

 港の文学館は「プロヴィデンス」と書いてありますが、以前は「プロヴィデンス」という名のビアホールだったようです。ちなみに「プロヴィデンス」というのはイギリスの軍艦の名前です。太平洋を横断してアジア大陸東岸に達し、1796年に内浦湾に入って測量を行い、室蘭港で松前藩の藩医・加藤肩吾らと面会しました。

 文学館の傍には室蘭市海岸町生まれの作家・三浦清宏の文学碑があります。三浦は、芥川賞作家であるとともに心霊現象の研究家としても知られています。文学館は本日休館日なので、また明日来てみたいと思います。

港の文学館

 北へ向かうと「室蘭市役所広域センタービル」の大きな白い建物があります。この中には、市役所の支所の他、北洋銀行、室蘭信用金庫などの金融機関も入居しています。

 さらに北へ行くと室蘭駅の旧駅舎がありますが、疲れたので西へ行って本日の宿所である室蘭プリンスホテルへ向かいます。

室蘭市役所広域センタービル

 広域センタービルの南側のノックスビル通りを西へ行くと港大通を越えて緩い坂を上り、中央通に出ると向かいにプリンスホテルがありました。ここは、「丸井今井室蘭店」の跡地です。手前の坂は「丸井さんの坂」とも呼ばれていました。

室蘭プリンスホテル

 中央通に沿ってアーケードが伸びています。この辺りは大町商店街です。かつては室蘭一の繁華街でした。現在は、シャッター街となっており、閑散としています。しかし、私としては、なんとなく落ち着きます。

大町商店街

10 室蘭やきとり

 夕食は「やきとり 吉田屋」で「室蘭やきとり」を食べました。吉田屋は昭和21年創業の老舗です。

 室蘭の「やきとり」は「鳥」ではなく「豚」です。北海道は養豚が盛んで、材料が手に入れやすかったためと思われます。さらに、「ねぎま」のネギは玉ねぎ、秘伝のタレとカラシをつけて食べます。個性的ですね。

muroran-yakitoriyoshidaya.com

 でも、私としては同じ豚のやきとりでも「東松山のやきとり」の方がしっくりきます。

 中央通を北へ行って港の方を見ると、遠くに製鉄所群の灯りが見えます。室蘭は、私のようなstrangerには理解しえない重みや深みを持っているような感じがします。明日が楽しみです。

室蘭駅旧駅舎 後ろには室蘭港や製鉄所の灯りが見える

旅の記録

 スタート 室蘭市御前水町御前水バス停 13:40

 ゴール  室蘭市中央町「室蘭プリンスホテル」16:40

 歩いた道のり 約10km  歩いた時間 約3時間(休憩・見学を含む)